10年間の写真人生 ねこさんが写真を始めた理由

ビッグこねこ

どーも。ビッグこねこです。カレンダーを眺めていたら、どうも僕は、来年で写真を始めてから10年経つことに気づきました。

 

そこで、僕が「写真を始めた理由」と、この10年で写真がいかに人生を豊かにしてくれたか、

まとめてみました。

写真を始めようか迷っている人、写真を撮っているけど最近どうもピリッとしなくて……という人。

そんな人に向けて、そっと背中を押せれば、と思います。

写真事始めの頃

別にプロカメラマンとかになるつもりは毛頭なかった

写真を始めたのは、大学1年生、20歳前後の頃。たまたま美大に行っていたが、「ラジオディレクター」になりたくて入ったので、後にも先にも写真の専門教育は受けたことがない。写真学科の授業もあったけど、抽選科目というやつで毎年落選していたので、受けられずじまい。独学でここまで来ました。

ただし、さすが美大だけあって、ラジオ業界を目指しているのに、絵やマンガがやたら上手いヤツがいたりとか、クロスオーバーな才能を持っている人がたくさんいた気がする。なので、一眼レフを首からぶら下げている人は、学内ではけっこう見かけていた。

当時、一眼レフカメラのブームの先駆けの時代だったように思う。だから、なんとなく、カメラというキーワードが、ねこさんの頭に引っかかったのだろう。でも、別に「カメラで飯を喰おう」などとは毛頭思っていなかった。あくまでも、ラジオ一筋!!

子供の頃から貯めていたお年玉を初めて使って「一眼レフカメラ」を買った

ねこさんは、案外、手堅いところがある子供だった。賢いと言われて育ったので、その通りになったのだろう。今ではちゃらんぽらんだがw

お年玉は、毎年貯金していた。タンス預金ではあるが、小学生~高校生まで貯めていた。10万円近くになっていただろうか。カメラを買ってみよう!そう決心し、Amazonで購入。今思うと、電気街とか行けばいいのにね。

買ったカメラは、懐かしい……Canonの EOS kiss x3 だった。確か、EOSで初めて動画機能がついた、というのが売りだった気がする。もちろん今とは違って、ギリHDって感じだったけど。レンズキットだったので、広角とズームの2本がついていた。

キヤノンを選んだ理由はいくつか。

  1. 好きなラジオ番組のスポンサーだったから
  2. 当時好きだったブログをやっているカメラマンが、Canonユーザーだったから
  3. Nikonの入門機と比べてコスパが良さそうだったから

言うてこんなくらい……

初めてシャッターを切った。お、写る写る。で、このTvって何さ???……レンズのスペック表も記号と数字だらけだなぁ。わかんなーい。とりあえずPってとこで撮っておこう。

グーグル先生にも多少は聞いたりしたが、基本的には、難しいことは考えず、とりあえずプログラムオートで露出補正だけしつつ、被写体を探しては撮る、ということを始めた。

この一眼レフ購入、がこの後の人生を変えていくことになるとは、夢にも思わなかった。

 

↑↑写真を始めて数日後の作品

 

写真で人生は楽しくなる

初めての本格撮影は「コスプレ」

その後、なんとなーく、シャッターを切る日々。いや、それでも、楽しかった。電車に乗って出かける時は、ほぼ必ずカメラを持っていった。とにかく、自分の行動が記録できる、見たものを残せる、それだけで、楽しかった。

しかし、もっと楽しくなる出来事が起こる。それは、友人からの依頼で「コスプレ撮影」をしたことだ。

湾岸のコスプレイベント会場に行って、丸一日レイヤーさんを撮らせてもらった。もちろん、すごい機材の人もいた。でも僕はkissでひたすら撮った。夢中で撮った。当時の写真を見ると、ツッコミどころは満載だけど、一生懸命撮ったなぁ、と思い出す。

その日の帰り道、緊張したなぁ、とか思いつつ、友人がえらい喜んでくれていたのを思い返す……のは今からの想像だが。とにかく、写真を撮る、カメラを持っている、ということが、人を喜ばせて、しかも自分もうれしくなるんだ、ということを知った。

それからというもの、撮影係が必要そうな場面では、どんどん撮るようになった。美大の同期にも、ぼんやりと「カメラ持ってる人」という認識が広まった気がする。

↑↑コスプレ会場から見たフェリー

 

電車に乗れなくなった時に気づく「写真って、外出の理由になるんだ」

時は経ち……。ねこさんは、美大を継続できなくなった。昔から持っている、心の病が再発したのだ。この時、対人恐怖の症状が出た。苦しかった。電車に乗るのが好きだったのに、それも難しくなった。

地元に帰った。地元の友人が、気を使って、ドライブに連れ出してくれた。その頃は、外出が難しく、写真の撮影量はガクッと落ちた。

でも、1年~2年ほどして、徐々に症状は収まってくる。その時、はたと気づく。「写真って外に出る理由になるんだ!」ということに。

アクティブなアウトドア趣味。それが写真なのだ!

2016年4月17日

少しずつ行動範囲が復活していく中で、また、写真を撮り始めた。遠くへは行けないので、地元の風景を。

 

プロカメラマンへの道は厳しいのだ!

あれ、もしかして、写真……上手なのか?!

とあるイベントに参加者として参加した時、やはりカメラを持って、写真を撮っていた。それを帰宅後、SNSに載せた。主催者の人が見ていて「上手だね」と言ってくれた。

不思議なのだが、ねこさんは、自分で撮っていた写真を、他の人に見せたことが、ほとんどなかった。美大生なら、3人展とか開きそうなものだが。そういう発想が、まったくなかった。なので、この時、ほめられて、一番に来た感情は「戸惑い」だったように思う。

その後、ご指名を受けるようになり、イベントの写真を撮り始める。屋外でも屋内でも、たくさん撮る。

↑↑上手と言われた写真のひとつ

 

仕事で写真を教えるようになる

そうして、撮っているうちに、転機が訪れる。フリーライターの方と知り合い「写真を教えてほしい」と頼まれたのだ。「僕なんかに務まるのか」と思いつつも、個人講座を開いた……ところ……なんと大好評!!

そして、お仕事の一環として、写真講座の講師を務めはじめる。とても緊張して望んだが、毎回ポジティブな反応をもらって、ホッとしたり、うれしくなったり、の日々。

やっぱりプロカメラマンにはなれない! スランプへ突入

そして、そんなことをしていると、見ている人は見ているのだと思う。本当のプロカメラマンとの接点ができる。そこで、僕は、レベルの差に愕然とする。

この頃、周りにフリーランスの人が多かったこともあり、自分も「もしかするとカメラマンになれるかも」と思い始めていた。しかし、プロの仕事ぶりは、所詮アマチュアの自分とは違った。知識も、機材も、手際の良さも、すべてにおいて数段格上だった。少しずつ、写真を撮る時に、考え込むようになった。

思い返せば、頭を使って、上手い写真を撮ろうとしていたと思う。頭脳で、プロとの差を埋めようとしていた、とも言えるだろう。そして、ある日、ひらめいてしまう。

「写真なんて、撮りたくない!」

それを思った瞬間、そんなことを思った自分自身に驚いた。でも、少しだけ楽になったことにも気づいた。プロを目指さなければいけない、そんなプレッシャーが重荷だったかもしれぬ。でも、自分には「写真を撮らない」という選択肢も残されていたのだ。

そうして、しばらくのスランプに突入する。頼まれ事以外で、シャッターを切ることはなくなった。

何事も、まずは楽しもうぜ。過去・今・未来

まずは、楽しむことから 10年前の自分へ

スランプに入って、半年ほどたった頃だろうか。どんな時だったか、もう覚えていないが、ふと思った。

「写真って、一生続けられることじゃん」「今やめたら、つまらない人生になる」

このことに気づいて、本当に良かった。心底そう思った。

どうも、自分は、写真で食べていく、そのことにばかり気を取られて、写真を楽しむという、イチバン大事なことを忘れかけていたのだ。あぁ、仕事にしなくても、写真を撮ることはできるし、自由なのだ。そう思えた時から、肩の力が抜けた。再び、ファインダーを覗くことが増えていった。

よく考えれば、子供の頃から「伝える」ということが好きでした

今は、少しずつ「まずは楽しんで撮る」というスタンスに戻りつつあります。写真という行為は一生モノです。なので、そういう点ではご心配なく。

よく考えれば、子供の頃から「伝える」ということが好きでした。ワープロで文章作ったり、放送委員会に入ってみたり、ブログを書き散らしてみたり。

そんな一環で、写真というものにも、心のアンテナが反応したのかもしれません。写真も、いろんなコトや感情を伝えられますからね。

まとめ 肩の力を抜いて、自由に撮ればいいじゃない

僕の10年間の写真人生を振り返ってみました。

なんだかんだ、写真やってて、得したことはあっても、損したことってまったく無い気がしました。

冒頭にも書きましたが、写真って究極「人生を豊かにする」アイテムであり、コミュニケーション手段です。

今は、インスタグラムをはじめ、「とてつもなく上手な写真」にも気軽に触れられます。勉強するにはもってこいですね。でも、勉強しすぎたり、SNS映えを意識しすぎたりすることは、マイナスな気がします。他人軸で写真を撮ることも、多くの人に見てもらうには大切ですが、イチバンは(良い意味で)自分本位で写真を撮ればいいと思います。

被写体も、表現方法も、自由でいいと思います。それでこそ写真です。写真に決まりなんてないんです。

もし、一歩踏み出すのに、もしくは一歩戻るのに、勇気がいるとすれば、ちょっと力みすぎかな。

もっと写真は自由でいいと思う。”映え”なくたって、撮影者にとって、素敵な一枚なら、それが人生の幸せです。

ビッグこねこ

人生は苦しいものだが、写真があれば、少しだけ楽しくなります。良き写真ライフを送れますよう。ビッグこねこより、写真愛を込めて。